忘れたいのに忘れられない

あー
2代目を社長にしたかったー

「たかった」だから戻れない過去形

亡くなった2代目をどうやって
代表取締役社長にするか。

父は濵田穣のせいで自分で作り上げた会社の代表取締役社長になれなかった。

日本の高度成長期にあれだけ金を稼いで自分のものにせず

ありったけの金を会社に注ぎ込んで代表取締役社長になれなかった例なんて世の中に有るのだろうか?

優しさ故に人に愛され

優しさ故に人に頼られ

優しさ故に人に喰い物にされた。

喰い物にしたのは義理の兄達

義長男濱田巌は
千葉県の高級住宅街
海神に大邸宅を建てて住み
代表取締役社長となり

義次男濵田穣は
杉並区の高級住宅街
阿佐ヶ谷に大邸宅を建てて住み
代表取締役専務となり

直系の2代目は母親と共に
会社の上の借家暮らし

それでも「別に」と言って気にもとめなかった。

大きな裁量は大きな夢を生んだ。

諦められない夢を生んだのだ。

3代目は父を越える為に夢を捨て代表取締役社長を目指した。

長年の苦労の甲斐があって代表取締役社長の座に着いた。

しかし、濵田穣のやり方が気に入らなかった。

翌日にはその座を放棄した。

やり方が気に入らなかった。

2代目の次が良かった。

今になって思えば

1年間2人で代表取締役社長をやり、キチンと引き継ぐ事も出来た。

やり直しはきかないのだろうか?

何とかして欲しい。

甘える訳じゃない。

最高責任者になろうと言うのだから筋を通して納得した形で跡を継ぎたい。

わかりますよね。

お父さん

夢は見るもので

叶えるものではないのです

別に( ´∀`)
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